手元供養の「ほうじょう」、遺骨ペンダント、納骨ネックレス、骨壷、ミニ骨壷、お骨アクセサリー、粉骨のお店 | ブログ

 

マネージャーブログ

お骨のお話し

人の骨格は約200個のお骨で構成されています。そのお骨の主成分の約80%はリン酸カルシウムなどの無機質と約20%のコラーゲンなどの有機質からつくられています。人体にあるお骨の重さはどれ程か興味のあるところですが、概ね体重の15~20%程といわれています。60キロの人であれば9㎏~12㎏です。それでは人が亡くなって火葬した後に焼骨はどれ程残るのか、アメリカフロリダ州の調査によると男性での平均が2.7㎏ 女性では平均が1.8㎏の結果がでています。ご遺体の体重の約3.5%が焼骨として残る量といわれたら納得してしまいます。
当店「天王寺ほうじょう」では、ご遺骨の粉骨パウダー加工のご依頼を承っていますが、関西大阪の地域柄、部分拾骨文化ですので5寸の骨壷が多いのですが、詰め込んで700グラム程納骨されているようです。
2018.10.12

お墓をなぜ作るのだろう?

2018年の秋のお彼岸は9月20日から9月26日迄の7日間です。中日は23日でした。今年の中日は天候に恵まれ、穏やかな1日でした。お墓の前で手を合わせ、ご先祖に報告ごとや安寧を祈願されたと思います。
私達は何故お墓を作るのでしょうか?仏教が日本に入ってくる前は、私達の祖先は死者はやがて蘇って生者に災いをもたらす者と考えていたようです。そこで、人が亡くなると穴を掘って埋め、その上に大きな石を乗せたり、死者に石を抱かせて埋葬していたようです。死者が蘇らないように死者を閉じ込めていた訳です。やがて仏教が伝来してくると火葬が行われるようになり、法相宗の開祖、道昭を遺言により荼毘にしたのが日本での火葬の始まりといわれています。
インドでは一般的に火葬にしますが、お墓は作りません。そのようなインドの風習と日本古来の葬送方法が結びつき、火葬にしたお骨を地中に埋蔵し、お墓を作るようになったと云われています。但し、火葬にされるのはごく一部の人だけで、普通は土葬が一般的でした。葬送には儒教の影響も加わり、地域、身分等によって複雑に混じり合った習慣もでてきました。
石塔を建てるようになったのは平安時代以降で形も時代を経て変化し現在に至っています。
かっては石塔を建てたのは貴族や武士、僧侶などで庶民に広まったのは江戸時代からのようです。ほうじょうではペットちゃんも家族の一員と考えていますので宜しくお願い申し上げます。
2018.09.25

メモリアル納骨リング

メモリアル納骨リングが完成しました。リングの内側にお骨を納めた指輪です。プラチナのセミオーダーに誕生石10月ピンクトルマリンを9月サファイヤと5月エメラルドで挟み、守るように致しました。星留にしたのでとても鮮やかで上品に綺麗に仕上がりました。
リングを外すと内側のパウダー状に納めたご遺骨が見えますし、外周には西暦年月日とお名前が確認できます。お客様に満足していただきました。よかった~!
2018.09.21

手元供養は幅広い組み合わせでベストミックスができます。

手元供養ってどうすればいいのか?と、今でもよくお客様に聞かれます。個人の生きた証である遺骨の一部を身近に置き供養する方法です。手元に遺した遺骨を故人のよすがとして、最愛の人を身近に感じていたい いつも近くにいて見守って欲しい といった家族の「故人を想う心」を癒す新しい供養のカタチです。亡くなった人の遺骨や遺髪を人知れず隠し持つことは昔からありました、これが近年手元供養と呼ばれ、社会的に認知されてきたのが2007年頃からです。
供養には心の拠り所が必要ですが、お墓や仏壇がその意味を失いつつある現代に於いて新たな選択肢を提案したのが手元供養です。少子高齢化や核家族化の急伸により、個人の価値観の相違は既成概念であるお墓や仏壇から多様性に富んだ間口の広い、自分のライフスタイルにマッチした供養方法へと移行し、手元供養を選択する人が増えているのは確かです。
幅広い組み合わせで故人らしい、自分らしいベストミックスを選択して、より良いご供養を叶えるのが手元供養です。

画像は花暦ブレスレット・吾亦紅のS サイズ8㍉珠です。
2018.09.06

2018年 秋のお彼岸。

ことし 2018年秋のお彼岸入りは9/20、彼岸の中日は9/23、彼岸明けは9/26 秋分の日を挟んだ前後3日間 計7日間です。お彼岸には家族でお墓参りをして、ご先祖に日頃の安寧を感謝しお参りします。お彼岸には神仏 ご先祖への供物として秋には季節の花、萩に見たてた おはぎを、春には同様に牡丹の花に見立てた ぼたもちをお供えします。東北地方では ぼたもちはツブアン おはぎはコシアンだったような気がします。
2018.08.28